鶏の記憶
確か一九五五年前後。僕が小学校にも、幼稚園にも行かない小さい頃だったと思う。
僕の家は田んぼと藪に囲まれた一軒家だった。家の前は、空き地然とした庭。庭の先には笹藪があった。その庭を、鶏が闊歩していた…? そんな光景を思い出す。
飼ってあったのは、肉にも、卵を取るにもいいプリマスロック。そして、繁殖用にチャボ。
チャボはしばしば卵を温め、ヒヨコを孵(かえ)らせた。チャボ自身の卵だけでなく、プリマスロックの雛(ひな)も孵らせた。
卵から孵ったばかりのヒヨコは、幼い僕の目に、これはチャボ、あれはプリマスロック、と識別することができなかった。チャボの雌鳥(めんどり)も、分け隔てなく育てていたから、どのヒヨコが自分の本当の子どもで、どれが腹違い?なのかを判断できなかったではないだろうか。
ヒヨコが成長するにつれ、品種の差が、徐々に現れた。プリマスロックは一回り大きな鶏へと成長した。面倒を見たチャボを凌駕する大きさになった。そして、大胆不敵にも、母鶏(ははどり)であるチャボを、嘴(くちばし)でつつくまでになった。
子どものプリマスロックが、母鶏たるチャボより図体がでかいし、強かった。
子どものプリマスロックに嘴で小突かれた母鶏は、しかし、無様な格好は見せなかった、と覚えている。
攻撃を受けて、ちょっとだけ後退する。次ぎに、羽を広げて、驚いた風を見せる。そして、すぐ、落ち着き払った姿に戻った。
今思うと、あのときの母鶏たるチャボは、
「坊や、悪戯はだめ! 母さんに悪戯(いたずら)しても、全然堪(こた)えないんだから」
と、うそぶいていたのかも知れない。